お父さんやお母さんの通院の付き添いを、
いつも同じ人が担当していませんか?
最初は「近くに住んでいるから」
「時間に余裕があるから」という理由で、
自然に役割が決まったのかもしれません。
ところが、通院が月に数回になり、
診察の待ち時間や薬の受け取りまで含めると、
半日がつぶれる日も少なくないのではないでしょうか。
付き添う側は仕事を調整し、
自分の予定を後回しにして、
少しずつ疲れストレスがためていくことがあります。
一方で、離れて暮らすきょうだいは、状況が見えないぶん
どれくらい大変なのかを想像しにくいものです。
ここで気になるのは、
負担の差そのものよりも、
その差が言葉にならないまま積み重なっていくことです。
「自分ばかりが動いている」という気持ちは、
口に出さないでいると、ふとしたきっかけで
相続の話し合いのときに表に出てきます。
お金や財産の分け方を話しているつもりが、
実は「あのとき誰が頑張ったのか」
という気持ちのぶつかり合いになっていた、
という話も耳にします。
でも、「きょうだいに頼むのは気が引ける」
「今さら言い出しにくい」という声が聞こえてきそうです。
親の体調のことは、
家族でもデリケートな話題ですし、
頼み方によっては責めているように
聞こえてしまうかもしれません。
そんなときは、
まず「手伝ってほしい」とお願いする前に、
今どんな負担があるのかを、
事実だけ並べて共有してみてはいかがでしょうか。
たとえば、月に何回通院があるのか、
どのくらい時間がかかるのか、
付き添いで何をしているのか。
数字や出来事で伝えると、
相手も受け取りやすくなると思います。
また、付き添いをしている本人も、
「大変」と言ってしまうと親に申し訳ない気がして、
なかなか弱音を口にできないこともありませんか?
親のためにやっていることだからこそ、
愚痴にならないよう気持ちを飲み込んでしまうのかもしれません。
けれど、その我慢が長く続くほど、
あとから話し出すのが難しくなっていきます。
早めに小さく伝えておくことは、
わがままではなく、家族を守る行動ではないでしょうか。
そのうえで、毎回の付き添いは難しくても、
病院の予約や結果の連絡を受け持つ、
費用を少し多めに負担する、
帰省のときに代わる、
といった形なら参加できる人もいます。
役割を分けることは、
親の暮らしを家族みんなで支えている
という実感にもつながります。
この実感があると、将来の相続の話し合いも、
少し落ち着いた気持ちで始めやすくなるのではないでしょうか。
誰かひとりが抱え込む形から、
家族で分け合う形へ。
その小さな切り替えが、
親にとっても子にとっても、
安心できる時間を増やしてくれるかもしれません。
ご家族の中でどう切り出したらよいか迷ったとき、
気持ちを整理する場所があってもよいのではないかと思います。
心の中のもやもやを話すだけでも、
気持ちが軽くなることがあると私は思います

