涙より先に肩の荷が下りた本当の理由
先日、あるお客様と面談での話です
もともとは、「契約の内容を変更しておいたほうがいいですよね」「実家の不動産の名義は、今のうちに母にしておいた方がいいのでしょうか」という、将来の相続に向けたご相談をいただいた方です。
その日も、そういったご相談の続きをお話しする予定で私は席に着きました。
しかし、面談が始まってすぐ、お客様の口から出たのは予想外の言葉でした。
「実は、3日前に親父が亡くなったんです」
突然の訃報でした。
お父様の死因は老衰とのこと。過去に脳の病気を数回患い、そこから20年以上もの長い間、病院と介護施設を行き来する生活を続けておられたそうです。
お母様もずっと寄り添っておられましたが、やはり「長男」という立場で、ご家族のあらゆる判断や責任を背負い続けてこられたと感じました。
お客様は、少し戸惑ったような表情で、
「親父が亡くなった時、悲しくて涙が出るというよりも、正直「やっと肩の荷が下りた」という感情のほうが強かったんです。ずっと抱えていたものから解放されたような気がして」
そして、
「こんなふうにホッとしてしまう自分は、やっぱりどこか冷たいんでしょうか。おかしいのかなぁって、自分で自分を責めてしまうところがあって……」ふと不安そうな顔を見せました。
その言葉を聞いたとき、私は「20年も」と思いました。
それは決して短い年月ではありません。先の見えない不安の中で、ご自身の仕事や生活を守りながら、お父さんと向き合い続けてきた20年です。
私は、迷わずにお伝えしました。
「おかしいだなんて、とんでもないです。これまで背負ってこられたご苦労と責任の重さを想像すれば、そう感じるのはごくごく当たり前のことですよ。それだけ長男として必死に、すべてを受け止めてここまできた証拠じゃないですか」
その言葉を聞いた瞬間、お客様の顔からスッと緊張が抜け、肩の力が抜けるのがわかりました。
「そうですか……そんなもんですかね」
そう呟いた横顔には、どこか心底ほっとしたような安堵の表情が浮かんでいました。
実は、お父さんの状態から「いつその時が来てもおかしくない」と覚悟を決めていたお客様は、事前に葬儀や納骨に関する段取りを各所へ問い合わせ、すべて済ませていたそうです。
そのため、突然の別れであっても慌てふためくことなく、この3日間をご家族で淡々と、静かに過ごすことができたと仰っていました。
「だから、坂本さんにも慌てて連絡はせず、今日面談の時間が取れるなら、直接お会いしてお話ししようと思ってたんです」と。
このお客様の姿に、私は「相続に向き合うこと」の本当の価値を見た気がしました。
世間では、相続といえば「税金がいくらかかるか」「誰がどの財産をもらうか」という手続きやお金の仕組みばかりが注目されがちです。
しかし、私たちが本当に大切にしなければならないのは、ご家族への「感情」であり、これからの「人生」です。
もし、このお客様が事前に何も準備をしていなかったらどうなっていたでしょうか。
「肩の荷が下りた」と安堵する間もなく、悲しみと疲労の中で葬儀の段取りに追われ、さらには相続手続きの複雑さに悩まされて、心身ともにすり減ってしまっていたかもしれません。
事前の準備があったからこそ、静かにお父様を見送る「気持ちの余白」を持つことができ、20年の大役を終えた自分自身を振り返ることができたのでしょう。
今、このブログを読んでくださっているあなたにも、もしかしたら「長男だから」「長女だから」と、誰にも言えずに一人で背負っているご家族の重圧があるかもしれません。
「親の万が一を考えてしまう自分は薄情だ」と、密かに自分を責めてしまう方もいるかもしれません。
でも、決して間違っていないと思います。その感情は家族の未来から目を背けず、真剣に向き合っているからこそ出てきたもの。
改めて私の仕事は、単なる法律や手続きの解説することではなく
家族が抱える不安や重圧を少しでも軽くし、大切な方との別れの後に、「これでよかったんだ」と心から思える未来を一緒に創り上げることです。
残されたお母さんとご自身が、これからどう前を向いて新しい人生を歩んでいくのか。その道筋を照らす伴走者でありたいと思いました。

