「まだ先」と思っていた時間が、急に近づいた正月
正月、久しぶりに両親の顔を見てきました。
特別な出来事があったわけではありません。
いつも通りの帰省、いつも通りの会話でした。
それでも、その時間の中で、
私ははっきりとした変化を感じました。
両親は、一気に老け込んだように見えました。
以前より耳が遠くなり、
同じことを何度か聞き返すようになっている。
会話が続かない、沈黙の時間が
増えていることにも気づきました。
言葉にするのは難しいのですが、
どこか「生きる覇気」のようなものが
薄れているように感じたのです。
病気をしているわけではありません。
日常生活に、大きな支障があるわけでもありません。
それでも私は、
「時間は確実に進んでいる」という現実を、
頭ではなく、感覚として突きつけられた気がしました。
相続や介護の話は、
「まだ先のこと」
「元気なうちは考えなくていい話」
そう思われがちです。
実際、多くのご家庭で話題に上るのは、
何かが起きてからです。
判断が難しくなってから。
もめ事が起きてから。
誰かが限界を迎えてから。
今回の帰省で私が感じたのは、
話し合える時間は、思っているほど長くないのかもしれない
ということでした。
元気なうちにしか話せないことがある。
冷静に考えられるうちにしか、決められないことがある。
それを先延ばしにするほど、
選択肢は、少しずつ減っていきます。
私は、相続や金融商品を扱う仕事をしています。
制度の知識もあり、
具体的な対策を提示することもできます。
けれど、
私がこの仕事を選び、続けている理由は、
制度を説明することそのものではありません。
相続も介護も、
「この制度を使えば解決する」
「この対策が良いでしょう」
と、一言で片づくものではないからです。
同じ制度でも、
同じ財産内容でも、
家族が違えば、答えはまったく変わります。
私が大切にしたいのは、
制度を使う前に、
家族がきちんと話せているかどうか。
誰が、何を不安に思っているのか。
何を大事にして生きてきたのか。
これから、どんな時間を過ごしたいのか。
それを言葉にしないまま、
制度だけを当てはめても、
心からの満足感はその時だけ、安心感にはつながりません。
だから私は、
話を聞き、気持ちを整理し、
家族をつなぐ時間を大切にしています。
私がなりたいのは、
「安心を一緒につくる人」でありたい。
一つの解決策を提示して終わるのではなく、
選べる状態そのものを、
安心材料として持ってもらう。
そのために、
話を聞き、
整理し、
家族をつなぐ。
そんな関わり方ができる専門家でありたいと、
私は考えています。
正月に両親の顔を見て、
私はあらためて、
この仕事の意味を考えました。
制度や対策は、あくまで手段です。
本当に大切なのは、
家族が安心して話せる時間であり、
選べる状態を持っているという安心そのものだと、
今は感じています。
年始最初のブログとして、
今年はどんな想いでこの仕事と向き合っていくのか、
自分の中にある考えを、あらためて言葉にしてみました。
何も起きていない今だからこそ、できることがある。
そんな一年にしていきたいと思います。

